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後悔しないための子育てブログ

後から「しまった!」のない育児をしたい

子どもに対する言い換えには効果がある#2

「子どもに対する言い換えには効果がある」の続きです。

thanxalot.hatenablog.com

前回の記事で書いたのは、1)勉強しなさい、2)早くしなさい、3)キチンとしなさい、の「しなさい系」だ。つい子供に、「~しなさい」と口にしてしまうことがないだろうか。

今回は、その続きを書いてみたい。

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 目次

 いい子だね

子どもに対し、「悪い子だね」と言うことが好ましくないことは、容易に理解できると思う。子どもの人格を「悪い」として、問答無用に悪のレッテルを貼っているからだ。外国には、人に盗人というレッテルを貼ると、本当に盗人になってしまう…という意味の諺があるそうだ。つまり、子どもに対し、「悪い子だね」と言うことは、子どもが悪くなるリスクを高めているだけなのだ。

では、その真逆の「いい子だね」と言えばいいのではないか?と思うかもしれない。子どもに対し、「いい子」というレッテルを貼ると、「いい子」になるのだろうか?そうであれば親は楽だが…残念ながら、そう単純な話ではない。

子どもは、親から「いい子だね」と言われると、うれしくなる。人格を認められたと感じ、いい気持ちになるのだ。そして、また「いい子だね」と言われたいと思い、親からいい子に見られる行動を取ろうとする。「人からよく見られる」ということが、行動の目的になってしまうのだ

ついてくる結果を目的にするのは本末転倒

人からよく見られたいがために、○○をする、人から人格をほめられたいがために、□□をする…というのは、明らかに違うだろう。それらは、あくまでも「結果」だ。結果を求めて行動して何が悪い?と思うかもしれないが、(不適切な)結果を目標に行動しても、いい結果になることはない。

たとえば、お金持ちになるために起業しても、成功しない。スティーブ・ジョブズ は、「お金が目当てで会社を始めて、成功させた人は見たことがない」と発言しているが、お金や名声という結果を主に求めて行動しても、成功しないということだ。※起業する主たる目的は、お金や名声ではないはずだ。

また、○○学校に入ることを目標に勉強する子どもよりも、その先を見て勉強に励む子どもの方が伸びる。後者の子どもたちは、結果的に○○学校に入るということになり、入学した後に達成感で弛緩したり、それが原因で落ちこぼれる…ということがない。○○学校に入ることが人生の目的ではないはずだ。後から結果としてついてくるものを、目的にして行動するということは、本末転倒なのだ

他人のモノサシで自分を測るようになる

また、「いい子だね」で育つと、他人のモノサシで自分を測るようになる。

常に「人からよく見られる」ということが目的になり、それが身に染みついてしまうため、そうなってしまうのだ。このタイプの人には、残念な人が多い。他人の評価に一喜一憂するため、自分が他人にどのように見られているのか…をいつも気にする。自分の中に「芯」というものがなく、他人に踊らされてしまうのだ。

 具体的な行動をほめる

では「いい子だね」は、どう言い換えればいいのか?

人格をほめることから、具体的な行動をほめることに替えることだ

たとえば、子どもが(食器を並べるなどの)お手伝いをしてくれたのであれば、「お手伝いをしてくれてありがとう。あなたがお手伝いをしてくれたので、準備が早くできて助かったわ!」と言えばいい。

子どもの具体的な行動をほめることで、子どもはなぜほめられたのかを適切に理解する。

具体的な行動に限定してほめているため、(いい意味で)人格をほめるようなインパクトがなく、「いい子だね」とほめたときの弊害が生じないのだ。具体的な(好ましい)行動をほめることにより、その行動を強化することになり、やがて良い習慣になるだろう。

 頭がいいね

さらに、「頭がいいね」とほめない方がいい。

このことについては、スタンフォード大学の心理学の教授による研究がある。

子どもたちのグループを二つ作り(仮にA,Bとする)、Aグループの子どもたちに対しては、「頭の良さ」をほめる。Bグループの子どもたちに対しては、「努力」をほめる。ほめ方を変えた結果、子どもたちに何らかの(学習上の)有意差が見られるだろうか?という実験だ。

チャレンジ精神に差が生じた

まず、チャレンジ精神に明確な差が生じた。

頭の良さをほめたグループは、新しい問題を避け、同じ問題を解こうとする傾向が強くなった。ボロを出して自分の能力を疑われるかもしれないことは、いっさいやりたがらなくなった。
出典:スタンフォードの心理学教授に学ぶ子供の教育方法

頭の良さをほめられたAグループの子どもたちは、チャレンジ精神を失い、保守的になってしまったのだ。「頭がいい」とほめられたので、その評価を維持したい。「頭がいい」と思い続けてもらうためには、間違いは許されない。したがって、新しいことにチャレンジしてボロを出すよりも、確実にできる問題を解くことの方がいい…と考えた結果だ。

努力をほめられたBグループの子どもたちは、「頭がいい」と思われるかどうかなどということには無関心だ。「(結果はどうあれ)努力が評価される」と理解しているため、(間違いを恐れず)チャレンジすることにためらいがない。その結果、自ら新しいことに挑戦し、(失敗しながら)学びを深めていくことができるのだ。

粘り強さに差がついた

次に、粘り強さにも差がついたそうだ。

Aグループの子どもたちは、自分が解けない難問に対して、あきらめが早かったそうだ。

この問題は自分には解けない⇒「頭がいい」とほめられたのは、たまたま自分ができる問題だったからだ⇒本当は(この問題を解けないのだから)自分は頭が悪い…推測だが、このような思考があるのかもしれない。

つまり、頭の良さをほめることで、挫折に弱くなってしまうのだ。※結果を出すことのみで、自分の評価を維持できると思っているので、結果が出なければ、支えを失いガクッとなってしまう(自分に失望してしまう)。

対照的に、Bグループの子どもたちは、難問であっても簡単にあきらめず、食らいついたそうだ。努力すること(プロセス)に価値があると、ある意味刷り込まれているため、考えるプロセスを苦にしないのだ。

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 まとめ

二回にわたり、子どもに対する言い換えについて書いてみた。

前回取り上げたのは、1)勉強しなさい、2)早くしなさい、3)キチンとしなさい、 の「しなさい系」だ。今回は、子どもをほめる言い方で、4)いい子だね、5)頭がいいね、を取り上げた。

今回の、4)いい子だね、5)頭がいいね、に共通するのは、「結果」だということだ。

結果的に、あの子どもは「親の躾が行き届いていて、いい子だ」、「成績がいつも上位で、頭がいい」と他人に言われることは構わない。そう言われたら、あなたは誇らしい気持ちになるのかもしれない。しかし、子どもに対するほめ言葉として、それらの言葉は使わない方がいい。

ほめているようで、逆に子どもの芽を摘んでしまうことになるかもしれないのだ。言葉というのは、つくづく諸刃の剣だなと感じる。上手に使っているつもりでも、知らず知らずのうちに、刃を子どもに向けていることがあるのだ

後から知って、「しまった!」ということのないようにしてほしい。