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受験と無関係の科目でも勉強した方がいい

受験と無関係の科目について、どう考えるだろうか。

自分の子供に対し、どのようなアドバイスをするだろうか。以前の私であれば、受験と無関係の科目については、赤点を取らない程度でいい。その分、受験科目を勉強すればいい、というアドバイスをするだろう。だが今の私は、そのようなアドバイスをしない。思うところがあり、考え方を変えたのだ。

今回は、受験と無関係の科目の勉強について書いてみたい。

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 目次

 受験科目に絞る

受験科目に絞る

受験科目に絞った方がいい、とする考え方がある。

時間や労力などのリソースは限られているのだから、大事な科目(受験科目)に絞るのは当然のことだ…とする考え方だ。私も高校生のときは、この考え方を採用していた。受験科目以外の科目に時間をかけるのはバカらしいと考え、(それらの時間は)テキトーに流したり、内職をしていた。

この考え方は当然のように思える。ビジネスでも、タスクに優先順位をつけ、高いものにリソースをつぎ込むことは当然のことだ。そうすることで、効果を最大化することができるのだが、勉強の場合はやや事情が違うと考えている。もちろん、受験前の最後の数か月についてはそのとおりだが、そこまでについては、受験科目に絞りリソースを入れることは、効果を最大化することにはならないと考える

※現役当時とは考え方を変えた。そのときは未熟だったと思う。

 できる子は勉強している

できる子供は、受験科目以外の科目も勉強している。

できる子供は、受験科目以外の科目もキチンと勉強しており、赤点ギリギリでなんとかしのぐ…ということはない。むしろ、その科目が受験科目である受験生よりも、良い成績をとったりする。もっと言うと、彼らは勉強以外の活動もしている。つまり、できる子供は、受験とは直接関係のないような活動にリソースを割いているように見えながら、キチンと結果を出す、ということになる。

逆に、受験科目に絞って勉強しているはずなのに、思うように成績が上がらず、受験にも失敗する…というケースが普通にある。そんなときは、まんべんなくいい成績をとっている同級生を横目でみながら、コイツとは才能が違う、生得的な頭の出来が違うからそうできるのだ…と思ってしまう。

※この差は、どこから生まれるのだろうか。

 まんべんなくやるから能力が上がる

まんべんなくやるから能力が上がる、ということがある。

いろいろな科目の勉強をすれば、知識の量が増える。知識の量が増えれば、知識と知識を結びつけることで、記憶が確かになったり、本質に迫ることができたり…というチャンスが増える。

たとえば、世界史が受験の科目でなくても、世界史と日本史をリンクさせることで、日本史に対する理解がより深まることがある。どうしてそういうことになったのか、ということがより高いレベルでわかったりするのだ。そして、大きなストーリー(世界史)から因果関係を理解すれば、(日本史に対する)理解が増し、記憶がより定着することになる。

※知識が増えるから能力が上がる、ということがある。

・地理と歴史のリンクもある

たとえば、地理と歴史は別の科目だが、歴史という人が織りなすストーリーの中で、国境や地名が決まり、その土地の人口、経済、政治、文化、産業、教育などが決まる。地理と歴史をリンクさせて学んだ方が、別々に学ぶより理解が深まり、しっかりした記憶になることは、想像に難くない
出典:無駄と決めつけてはいけない…本当に時間を無駄にしているのか?

学問というのは、根底でつながりがあるのだ。

いろいろな知識を増やすことで、知識同士がつながり、相互作用が生まれるということがある。知識同士がつながったときは、「ああ、そうか!」ということになり、ちょっと嬉しくなる(笑)。

※この繰り返しで、総合的な能力が上がるのだ。

 毛色の違う知識は役に立つ

毛色の違う知識が役に立つ、ということがある。

ペレルマン位相幾何学の大難題であるポアンカレ予想を、多くの数学者が位相幾何学トポロジー)の観点から挑戦する中、物理学的なアプローチを用いて解決した
出典:独創的なアイデアを出せる人になるには?

ポアンカレ予想を解いたペレルマンは、天才数学者だ。

当時の最年少で、国際数学オリンピックで金メダル(満点)をとるほどの能力を有した天才だが、国際物理オリンピックに出ていれば、そこでも金メダルをとったであろうと言われている。

ペレルマンは、多くの数学者が解こうとしていたやり方を採用せず、(古い数学だと思われていた)微分幾何学や物理学的なアプローチを用いて、この世紀の難問を解いた。そのため、その場にいた多くの数学者たちは、ペレルマンの説明を理解することができなかったそうだ。

※毛色の違う知識は、役に立つのだ(持っておいた方がいい)。

 知識の量が増えると勉強するようになる

知識の量が増えると楽しくなる、ということがある。

たとえば、夜空を見上げたときに星があれば楽しい。ひとつの星をひとつの知識とした場合、ひとつ知識が増えるたびに星が増えることになり、たのしさが増す。星が増すと、楽しさも増す。空気が澄み切った日、郊外の山に登ると満天の星を見ることができるが、たのしさを超えて感動すらしてしまう。

知識が増えるということは、そういうことなのだ。また、星がたくさん見えるようになると、知っている星座を探したり、自分で星座を作る、ということもできる。また、他にどんな星座があるのか興味がわいてきて、調べるということもあるだろう。これは、自律的に勉強するということだ。

※知識が増えると楽しくなり(かつ知識が呼び水になり)、自律的に勉強するようになるのだ。

 受験が終わると勉強しない

高校を卒業すると勉強しない、ということがある。

受験に必要なかった科目については、合格してから勉強すればいいではないか…という意見がある。だが、もともと興味の薄いそんな科目について、あらためて勉強しようとは思わない(笑)。

仕事で必要になれば勉強することがあるかもしれないが、たとえば、日本史を勉強し直すことも面倒なのに、(より興味の薄い)世界史を勉強できるだろうか。また、文系に進む人が、高校レベルの物理や化学、数学の勉強をする機会が今後あるだろうか…(統計学以外はまずないだろう)。

※ある意味、高校時代が学びの最後のチャンスなのだ。

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 まとめ

今回は、受験と無関係の科目の勉強について書いてみた。

ビジネスであれば、重点分野にリソースを投下する、というのが基本だが、勉強についてはそう単純なものではない。有名なアスリートが、子供のころ色々なスポーツをしていた、という話を聞くことがある。また、ある種目の選手が、その種目ばかり練習するのではなく、ほかの種目にも取り組む、ということがある。

これらのことは、今回の話に通じるエピソードだと思う。「そればかり」ということでは、煮詰まったり、行き詰ったり、という弊害もあるのだろう。将棋の永世名人の資格を保有している、羽生さんと森内さんは、チェスの強豪でもある。羽生さんに至っては、日本でトップクラスの実力を有しており、かつては海外の大会にも参加し、GM(グランドマスター)に勝ったこともある強豪だ。

今回の記事:「受験と無関係の科目でも勉強した方がいい」