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子供の得意教科をのばす|得意を伸ばせばいいことがある

子供には、得意な教科と苦手な教科があると思う。

親からすると、得意な教科は得意なのでそれでいいが、苦手な教科を何とかしてほしいと思う。たとえば、国語が得意で算数が苦手なのであれば、算数を何とかすれば全体の得点が上がるのではないかと考える。たしかに計算上はそうなるので、苦手な教科の克服をすればいいのだろうか。

今回は、子供の得意教科をのばせばいい、ということで書いてみたい。

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 目次

 苦手な教科を克服させたい

苦手な教科を克服する

苦手な教科を克服させたい、という親の気持ちはわかる。

得意な教科は放っておいても高得点をとる。それ以上いくら熱心に取り組んだところで、テストに100点以上はないので、点数の上積みは知れている。そうであれば、苦手な教科の勉強にリソースを費やして、点数を稼いだ方が合理的だ…と思うのだ。

もちろん、苦手な教科を作らないことは重要なことだ。あまりにも苦手な教科があると、その教科が足を引っ張ることになり、受験に失敗することもあるだろう。だが、時間などのリソースは限られている。限られたリソースの中で、苦手な教科の克服に執念を燃やすことは、いいことなのだろうか。

※親は、子供の得意な教科より苦手な教科に目が行くものだ。

 苦手な教科を克服…のデメリット

苦手な教科を克服することの、デメリットを考えてみよう。

まず、親が子に対し苦手な教科の克服を強いると、「子供が嫌な気持ちになる」ということがある。ネガティブな気持ちで苦手な教科の克服に取り組んでも、大した成果は出ないはずだ。

次に、苦手な教科を克服しようと思うと、それなりのリソースをつぎ込む必要がある。動き出した車を押して前に進めるのは容易だが、止まっている車を押して前に進めるのはとても大変だ。後者の場合、車が動き出すまでにかなりの時間と労力を使うはずだ。

この時間と労力の使い方が、はたして適切なのか…という問題がある。それらを得意な教科に使っていれば、はるか先に進むことができたはずだ。

 突き抜けた能力を持てば…

もう少し、長い目でみてみよう。

仕事において価値を生み出す人材というのは、標準的な能力を持つ人材ではなく、ある分野で突き抜けた能力を持つ人材だ。もちろん、卒のない標準的な能力を持つ人材も必要だが、このタイプの人が突き抜けた人より価値を生み出すか…といえば、そうではない。

つまり、得意を伸ばして一流半から一流、さらに超一流にコマを進めることができた人は、価値を生み出す人材、容易にかえのきかない人材になり、とても強いのだ。このタイプの人は、能力を六角形などで表すと、バランス型ではなく、得意が突出したややいびつな形になっている。

※そうなるためには、「得意を伸ばす」という考え方が必要だ。

 子供の得意教科をのばす

したがって、子供の得意教科をのばす、という考え方をとった方がいい。

不得意を改善しても、二流半が二流程度、得意を伸ばせば、一流半が一流に…ということであれば、後者の方が価値があるだろう。また、得意を伸ばすことで、勉強が楽しくなる、まわりからも一目置かれるようになる(期待されるようになる)、ということになるので、子供にはいいことだ。

実際に受験指導をしている現場の専門家によると、得意教科を持っている子供の方が(難関校への)合格の可能性を持っているそうだ。これは、全教科の合計点が同じでも、内容にムラがある子供の方が、合格の可能性が高くなる、ということだろう。

・特恵効果

特恵効果と呼ばれるものがある。

この効果が意味するところは、「得意を活かした方が、結果がよくなる」ということだ。つまり、苦手の改善にリソースを使うよりは、得意を伸ばすことにリソースを使いましょう、そうすれば、全体としての結果がよくなりますよ、ということだ。

※子供の得意教科をのばす方に、リソースを割いた方がいいのだ。

 汎化を利用する

脳では「汎化」という現象が起きるそうだ。

汎化(はんか)というのは、「ある特定の刺激と結びついた反応が、類似した別の刺激に対しても生ずる現象」のことだ。この現象は、「何かひとつの能力が伸びると、その能力とは直接関係のない能力も伸びる」という可能性を示唆するものだ。

端的にいえば、「何かひとつの能力が伸びると、脳全体の機能がアップする」ということだ。以前の記事で、サッカー好きの子供がサッカーの専門誌を夢中で読んでいたために、国語の成績が抜群に良かった、というエピソードを紹介したことがある。

このことも「汎化」で説明できるだろう。サッカーでも何でもいいが、勉強とは直接関係のない何かに好奇心を持ち詳しくなる(多くの情報を集めて処理&記憶する)ことで、「汎化」がバチバチ起こり、自然な形で国語の学力が上がることはあるだろう。

 苦手な教科は助けてもらう

苦手な教科は、誰かに助けてもらうのが一番いい。

先に述べたように、止まっている車を押して前に進めるのはとても大変だ。なので、人に手伝ってもらって一緒に押せばいいのだ。その教科が得意な友達、学校の先生や塾の講師、家庭教師でもいいし、親が手伝えるのであれば、そうすればいい。

また、苦手な教科は、標準的なレベルに達することができればそれでいい、とする。それ以上を求めると、リソースの無駄遣いになりかねない。その分の時間や労力といったリソースは、得意な教科にかけた方が、全体としての結果が良くなるのだ。

※苦手な教科については、他人のリソースを使いたい。

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 まとめ

今回は、子供の得意教科をのばせばいい、ということで書いてみた。

苦手を克服しようとすれば、精神的に疲れる。このことは大人でも同じだ。我慢強くリソースを使い、苦手を克服する努力を重ねても、三流か二流半が二流になる、という程度で、一流にはほど遠い。この努力は、効率の悪い努力であり、端的にいえば「間違った努力」になりかねないのだ。

疲弊して結果も出ない…ということであれば、間違った努力になるだろう。したがって、苦手な教科については、他人のリソースを借りながら、標準レベルでよしとする(苦手の改善に全く取り組まないのがいいとは思わない)主なリソースは、得意な科目にかけた方がいいだろう。

今回の記事:「子供の得意教科をのばす|得意を伸ばせばいいことがある」