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子供をご褒美で勉強させるのはいいこと?

ご褒美で、子供を勉強させよう…と思うことがないだろうか。

賞罰で人が動く…と考えれば、ご褒美を出すことで子供が勉強するようになる…と考えても不思議はない。だがご褒美を出せば、本当に子供は勉強するようになるのだろうか。その結果、子供の成績が上がるのだろうか?今回は、この話について考えてみたい。

目次

ご褒美は役に立つ場合がある

勉強のご褒美をもらう子供

ご褒美は、「動機づけ」に役立つ場合がある。

教育経済学的には「(1)本を読んだらあげる」が正しい。統計では「インプットにご褒美を与えたほうが、成績が高くなった」という結果が出ているのである。分析してみると、こうだ。子どもにとってインプットは「何をすべきか」が明確であるのに対して、アウトプットでは具体的な勉強方法が示されていないため、わからない。内容を変えた実験でも、やはりインプットにご褒美を与えたほうが、高い成績が見られたという
出典:結局のところ、勉強しない子どもをご褒美で釣っても「よい」のか「悪いのか」?

ここで言う「インプット」とは、授業時間や宿題などの「教育上の資源」を指すそうだ。「アウトプット」は、テストの成績などの生産物を指すそうだ。

※「インプット ⇒ アウトプット」の関係になるので、「原因 ⇒ 結果」と考えてもいいのかもしれない。

通常、「ご褒美で勉強させる」ということを考えれば、

テストの点数などの結果に対してご褒美を設定する…ということになると思うが、実際は原因部(インプット)に対してご褒美を設定する方が、いい結果につながるようだ。

インプットにご褒美を設定する

わたしは、結果よりプロセスの方が大事だと思っている。

結果はいろいろな原因で出ない…ということがあるので、それに一喜一憂するよりは、(一時的な結果がどうあれ)正しい努力を積み重ねる…ということの方が大事だからだ。

なので、「インプットにご褒美を与えた方が、(結果にご褒美を与えたときよりも)成績が高くなった」という話はしっくりくる。※おそらく、正しいと思う。

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後戻りができなくなる

ただし、ご褒美をエサにすると、後戻りできなくなる。

その意味だが、まず、人は報酬を得ることを目的にして行動すると、報酬がなくなれば行動をやめる。目的がなくなってしまったのだから、当たり前のことだ。

バイト先でバイト料がでなくなれば、バイトをやめるだろう。バイト料が半額になっても、そのバイトをやめて別のバイトをしよう…ということになる。

いくら社会勉強になるからとか、その仕事に興味があるからとか、一緒に働いている人がいい人たちで、働く環境がいいから…といっても、報酬を主目的にしているのであれば、そうなることは必然だ。

慣れがある

さらに、慣れの問題とエスカレートの問題がある。

人はいいことがあっても、すぐに慣れてしまう。たとえば、努力して志望校に合格することができた…という人生における大きな出来事でも、うれしいのは最初だけですぐに慣れてしまう。

なので、ご褒美程度のうれしいことであれば、すぐに慣れてしまう。

慣れてしまえば、次に来るのがエスカレートだ。慣れを乗り越えて同じうれしさを維持しようと思えば、より大きな(魅力的な)ご褒美が必要になる。そうしないと、せっかくのご褒美の効果が薄れてしまうためだ。つまり、ご褒美のインフレが起こってしまうのだ。

インプットにご褒美はむずかしい

先に「インプットにご褒美を与えたほうが、(結果にご褒美を与えたときよりも)成績が高くなった」という話はしっくりくる…と書いたが、だからインプットにご褒美をあげればいい…とは思っていない。※ここでのご褒美とは、お金やモノなどのご褒美を指す。

たくさん本を読んだ子にご褒美をあげる

こういう話があるためだ。

小学校で担任の先生が子供に本を読ませるために、「1年で1番たくさん本を読んだ子にご褒美をあげる」としたそうだ。このクラスにはA君がいた。A君は本が好きで、(ご褒美とは関係なく)本をたくさん読もうという気持ちがあった。

だが、「1年で1番たくさん本を読んだ子にご褒美をあげる」という先生の話を聞いた後、ほどなくして、「1番たくさん本を読んだ子」ではなく、「1番たくさん本を借り出した子」にご褒美が与えられる…と気が付いたそうだ。

本を借りることが目的に…

そしてA君がとった行動は、

「たくさん本を読む」ではなく、「たくさん本を借りる」になってしまった。本を読むということよりも、「本を借りる」ということが目的になってしまったのだ。

「インプットにご褒美を与える」ということは、理屈としては魅力的だ。

本を読むことにご褒美をあげることは、まさしくインプットにご褒美を与える…ということだが、この例からも実践がむずかしいことがわかる。

ご褒美の大きな問題点

ご褒美でやる気を引き出す仕組みには、大きな問題点がある。

それは、それ自体が興味深くおもしろい活動に対して、次元の違う「ご褒美」を持ってくることにある。

ご褒美をきっかけにして、(たとえば)読書のおもしろさに気付いて欲しい…という思いがあるのかもしれないが、そうであればご褒美という安易な手段を使うのではなく、本筋のアプローチをすべきだ。※わたしは、何にしろ安易な手段を使うと上手く行かない…と考えている。

本筋のアプローチをする

私からの提案は、夜はテレビをみる代わりに、(親が)本を読むということだ。
仕事に関する本でもいいし、趣味に関する本でもいい。親が積極的に本を読めば、家庭の中に「読書の文化」が根付くことになる。子どもは、本を読むことは生活の一部で、ごく当たり前のことだと思うようになるのだ。家庭内にそのような「読書の文化」ができれば、子どもは自然に本に興味を持ち、自発的に読むようになるだろう
出典:子供の育て方|子どもが伸びる親のあり方とは?

たとえば、仕事から戻ったら、スマホやテレビ、PCにかじりつくのではなく、読書をすればいい。

親が積極的に本を読めば、家庭の中に「読書の文化」が根付き、子供は、本を読むことは生活の一部で、ごく当たり前のことだと思うようになる。そして、自然に本に興味を持つ(親がしていることは目に入るものだ)。つまり、読書に対するハードルが低くなるのだ。

また、折に触れて本の素晴らしさを説いたり、「この本を読んでみれば…」と勧めてみればいい。そうすれば多少は頭に残るので、そのとき読まなくても、いずれ読み始める…ということがある。

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ご褒美はほめること

ご褒美は、「ほめること」でいいのでは…と思う。

子供をほめれば、脳からドーパミンが出る。ドーパミンが出れば、やる気が出るので子供は自発的に課題に取り組むようになる。ここで少し、勉強ができる子供のことを考えてみてほしい。

彼らは、お金やモノなどのご褒美がほしくて勉強しているわけではない。

自らやる気の灯をともすことで、勉強しているのだ。なぜそうできるか…だが、ひとつには、親による精神的な「後押し」(ほめや勇気づけなど)が効いているのではないだろうか。

かなりのご褒美になる

これまでご褒美は、お金やモノなどの「物理的なご褒美」として書いてきたが、

ほめることも広く考えればご褒美には違いない。なので、最初の方に書いたことを思い出せば、ほめるときは、テストの点数などの結果に対してほめるのではなく、インプットに対してほめた方がいい…ということになる。

※印象に残るほめは、何年、何十年も記憶に残ったりする。

テストの結果が良くほめるべきシーンでは、努力したから結果が出た…という因果関係を意識させるようにほめたい。努力(インプット)の部分の重要性を知らしめるほめ方ができればいいだろう。親は、子供をほめるときもよく考えた方がいいのだ(安易な手段ではないということ)。

まとめ

今回は、子供をご褒美で勉強させることについて書いた。

インプットに対しご褒美を設定すれば効果がある、ということは間違っていないと思う。

ただ、(大げさに言えば)その制度設計を間違うと、上手く機能しない。このことは、もともと本を読むことが好きな子が、本を読むことではなく、「本を借りること」を目的にしてしまった例からもわかるだろう。

インプットに対しご褒美…を実践するときは、本筋からアプローチすることを忘れてはいけない。また、物理的なご褒美もいいのかもしれないが、「ほめること」を有効に使いたい。

今回の記事:「子供をご褒美で勉強させるのはいいこと?」

参考文献: 人を伸ばす力